息子にASDの診断がでて納得した経緯と、心境1~特徴と待機期間

先日、5歳半になる息子に、「ASD(自閉スペクトグラム症)」軽度の診断がでました。

保護者的には、なるほどと「納得」に尽きる。

診断がでたからどうってこともなく、昨日も今日も明日も息子にかわりないのだけれど、専門医からの客観的な意見として断言してもらうことで、気持ちが軽くなった感じはありました。

医師曰く「特性が多く出て困っているか、少ないから困っていないかの差」とのことで、息子の場合は「少ないけどちょっと困るよね」って程度、だから軽度。

これから自分でも何度か経緯をおさらいすることにもなりそうなので、ついでに記事に残しておこうと思います。長くなるので分割しています。

息子の特徴

息子の特徴は、「知っていることはとにかく喋りたい」「走ったり揺れたりが大好き」と、とにかく元気ハツラツな幼児です。

いまは、ウルトラマンや仮面ライダーなどの特撮も大好き!

機関車トーマス→ 生き物→ 恐竜→ 地球・自然→ 宇宙・惑星 と、興味がある分野もそれなりに広がってきました。

Eテレもよく見ていて、ダーヴィンが来た!や、地球ドラマティックをよく見る。カマキリ先生やさかなクンも好きで見るので、どうにも「こうだからこう」「これはこういうこと」と理由や理屈を知りたがる。番組内でのナレーションや解説なんかを暗記している感じです。

その一方で「キャッチボールの会話にならないことが多い」「体を動かすけど器械体操は苦手」「気持の切り替えに時間がかかる」「一度怒ると激しく長引く」と、ちらほらと扱いが難しいことも多く…

「育てやすいか」と聞かれると「機嫌の良いときは過ごしやすいけど、機嫌が悪いととても手を焼く」だし、「普通の子か」と聞かれると「どちらかといえば偏っているかも」って感じ。

療育に繋がるまでの乳幼児期

以下はもう、「当時は育児に必死でよくわからなかったけど、今思えば特性がでていたんだな」ってことが多すぎる。きっと発達障害児の保護者のあるあるなんだと思うけど…

乳児期はとにかく「寝ない」「怒って泣くとずっと泣いてる」に尽きる。

あと「歌わないし踊らない」もある、テレビやコンサートで楽しそうに体を動かしている乳幼児の様子は、うちの息子には、なかった。

妊娠時から胎動は激しかったけど、歩き出す前から足の多動はものすごくて、とにかく足が動く、蹴る。これは5歳の今でも足はよくごそごそと動かしています。

そして所謂「ハイハイ時期」はごく短く「伝い歩き」がめっちゃ早かった。当然転びまくるので、外出時はタオルを詰めたリュックを背負ってた。親が持つ取っ手にもなってたしね。

喃語から言葉を話しだすのも遅かった。2~3歳代は保護者にはわかるけど他人には伝わらない程度。

市での検診では、特段なにも対応してもらえない

検診時の周囲のことの比較も、まあ息子は定石通りアッチコッチと動き回りおとなしく待てなかったけど、いつもそうだし息子をみるのに夢中で周囲を気にする余裕なんてなかったし、おとなしく絵本や手遊びしている子を見ても「この子、かしこいなー」と他人事で感心していただけでした。

市での各健診でも、1歳半・3歳と「寝ない」「落ち着きがない」「癇癪がひどい」と発達相談するも、「歩けますか?話しますか?、ご機嫌悪いと大変ですよね、お母さん頑張ってますよ、もう少ししたら落ち着きますよ」を返されるのみ。

3歳検診のときは、園からの加配や療育を進められた後だったのでそれも伝え、発達相談をしたいと申し込むも、保健センターでは上記回答で、どこかの施設や医療機関につながることもなかった。

歩いて喋る子は、健診で拾い上げてもらえない。でも、実際に検診時に動き回る子を見てもそういわれているし、当時はもうそんなもんかと思った。

ネット検索やテレビなどでよく見る「発達障害」ってやつなのかも?って、なんとなく思っていたけど、「検診ではなにもないって言われたし」「まあ保育園では手のかかるタイプってだけなのかも」って、素人ながらも「グレーってやつなんかな、成長したら落ち着くんかな」って漠然と思ってた。

保育園から、加配と療育を進められる

入園までの自宅保育では、大変ではあったけど「子供ってこんなもの」と自分を納得させながら育児していたけど…2歳児保育で保育園へ入り、3歳児保育への進級前の秋に、児童心理士と園との面談があり「発達支援の療育と、加配の申請をしませんか」と打診されたのが、転機かな。

このとき初めて他人からハッキリと「息子が普通じゃないかもしれない」と伝えられた。

その時は「やっぱりそうか」って、素直に思った。たくさん子供がいる園から言われるなら、やっぱり一般的な子じゃないってことかって、本当に発達障害てやつなのかも?って自覚した。

保育園へは主人が自転車に乗せて連れていくけど、あっちの道こっちの道とサイクリングしつつ到着して、園庭で遊びたくて素直に教室に入れずよく苦戦してたらしい。私がお迎えの時も、教室や園庭で遊びたいからなかなかすぐに帰れない。後からお迎えの親子が「さようならー」っとスッと帰っていくのをよく見送っていた。

クラスでのお歌やダンスは逃走、散歩や公園では走り去りがち、発表会では自由人。製作やお絵描きはよくわからない線か塊か、あるいは明らかに先生の手が加わった完成度の高いものw

今書き起こせば「あぁ…」ってお察しなんだけど、当時は本当に毎日を過ごすことに必死で、よくわからなかった。わかろうとしなかったのかも。

日々の中で「あれができるようになった」「これがわかるようになった」など息子なりの成長もあって、他の子に比べたら少ないかもしれないけど、良く出来ている子と比較するものじゃない、と息子の苦手なことにはあまり注視しようとしなかった。

そんな中で、「息子くんにはサポートが必要」と言ってもらえたのは、目が覚めた感じがした。

息子や保護者のために受けられる支援は受けたほうがいいと思って、保健センターでの検診時に発達相談を申し入れたけど、結果は前期の通り「スルー」状態。この頃からなんかモヤモヤが募る。

加配保育に関しては、物おじせずよく動くわりには不器用な息子なので、少しでも安全になるのはありがたいので、是非お願いした。これはもう園側がやってくれるので、書類に署名するだけで自動的に決まった。