10日前に15歳で亡くなった愛犬を偲ぶ

平成27年11月6日未明、我が家の愛犬が亡くなりました。享年15歳と1週間でした。
私にとっては初めて飼った犬で、私の激動の20代から30代をずっと共に過ごしてきた愛犬です。
人が大好きで家族が大好きで、いつも自分を見て欲しい構って欲しいと甘えてきて、少しだけ手のかかる可愛い良い子でした。

直感なのか気配なのか

その日は、朝起きて支度をしていても一緒に起きてウロウロしていたし、家を出るときには久しぶりに玄関で見送ってくれていました。
そんなことがあったからか、仕事をしていてもなぜだか頭の隅では犬のことをずっと考えていた日でした。

この数週間は特に咳が増えたし、介護が必要なほどではないが、歩くのが面倒というか嫌がる。
夜中や朝方に人を起こすことも増え、いよいよボケてきたのが体調が悪いのかわからず、家族と共にどうしてあげれば良いのかと心配していました。

本当にいろいろなことを考えていましたよ。
空き時間にいろいろ検索したり、犬用品の購入を検討したりもしていました。

介護が必要になったときのための取っ手のついたマットや、新しい小さなホットカーペットを商品カゴにいれていたり、犬の痰の絡むような咳や、胸元にある大きくなったり小さくなったりする良性らしい腫瘍のことを調べていたり、いよいよその時が来てしまったらどうすればいいのか、葬儀場や費用についてなども調べて、想像だけで悲しくなって帰宅中に少し泣いてしまったりしました。

これは直感なのか虫の知らせだったのか、たまたまなのかわかりませんが、いま思えば、自宅で留守番していた犬がなんらかを知らせてくれてていたのだと、思っています。

いつも以上に甘える犬と、それに構う飼い主

夜9時前に帰宅すると、これまためずらしく玄関で出迎えてくれていました。
ここ数年は耳が遠くなっているし、よく眠るようになっていたので、私が帰宅しても眠っていて起きず、寝室まで探しに行って「ただいまー」と撫でて声をかけるとゆっくりと起きて、寝起きの顔で「おかえり」と追いかけてくることが多く、特にこの1年程はそんな感じだったと思います。

しかもこの日は、尻尾を振って出迎えていて、私はひさしぶりに愛犬の尻尾が右に左にとてもよく振られているのをみました。
それだけでとても嬉しくて、上着も着たまま荷物も横に置いたまま、玄関で犬を抱きいろいろと話しかけていました。
今日はなにしてたの良い子で寝てた?、お出迎えありがとうね、マット買うつもりやけどどこに置こうかな、痛いとこない?、おなかすいたやろごはんにしよね。

その後、リビングで家事をしていたり、お風呂にはいっていたりしても、この日はずっと後追いしていました。
私もなぜだか気になるので、目に付くたびによく撫で話しかけ、いつも以上に構っていました。

少し気になったのは、この日は腹で呼吸しているようなお腹の上下が大きいことと、たまに喉を伸ばすような姿勢をとること。
心配になって症状を検索していると、上記二つはやはり呼吸に関係してそうで、明日朝に病院に連れて行こうと決めました。

最近少し食欲が落ちた気がしていたのですが、ごはんだと声をかけると嬉しそうに急かし、食べるのを見守っていると以前の勢いはないもののゆっくりと完食。食後に水を飲み、うんちをし、また人のそばへ寄り添ってきていました。

最後の思い出と、そのとき

11時過ぎごろに家族が帰宅しました。
その時も、めずらしく門扉や玄関の音よりも前に気がつき、玄関へ出迎えに行きました。
家族が犬と一緒に寝室に入ってきて、「犬はどうなん?元気になったん」と言いながら、家族が帰り嬉しそうにしている犬を撫でていました。

家族が夕食をとっている間も、その夕食を欲しがって「ネギがはいってるからあかんわー」と言われていたのが聞こえていました。
明日病院にいこうと思うと相談している間も、いつもは家族の夕食が終わると先にベットで寝てしまうのに、ずっとそばに居ました。

夜中の12時を回り、もう遅いしそろそろ寝ようかと声をかけベットに入ると、尻尾を振ってベットに取り付けてあるスロープからあがってきます。
最近はこのスロープ(坂道)を登るのも億劫になっていると感じるときがあったので、よいしょよいしょはい頑張ってと、声をかけこっちにくるのを見守っていました。

人の顔を舐め布団に入ると、私の小脇でいつもの体制で寝る姿勢になりました。
はいはいおやすみ、明日病院いこうねと、私も撫でながら眠りにつきました。

そのときは突然でした。
眠っていた犬が、静かに起き上がり、布団を出てベットを降りました。

いつも咳き込むときなどは、咳き込んでいる間は触れられるのを嫌がり人のそばや布団から離れるので、今回もそうだと思い、また、まだ眠らない家族を迎えに行ったのかとも思いました。

ベットを降りて数秒後、ゴトッともゲフッともいえない音が聞こえました。
現すのが難しい音でしたが、私はこの先忘れることはない音だと思います。

飛び起きて同室にある犬の寝床を見ると、犬がいつもとは全く違う様子で横たわっています。痙攣しているような気配もします。

驚いて家族を叫んで呼びながら犬の元へ駆けつけ、犬に触れると直感しました。
昼間に検索していたなかで、どこかの誰かが書いていた「愛犬の最後の様子」が脳裏をよぎったからです。
胸に触れると、痙攣はしているものの、脈らしい動きはありません。

これは、いまがその時なんだと理解しました。
何かを喉に詰まらせたのかと、犬の口をあけて喉をひらこうとしたり、心臓マッサージをする家族を制止したのも私です。

そうか今日やったんやな、おつかれさんやったねと、ありがとうねとまだ暖かく柔らかい毛並みを撫で抱き寄せて、家族と共に泣きました。

この日はずっと犬のことが気になっていた理由はこれだったのかと、このときに合点がいきましたが、やはりただ、ただ、悲しかったです。

一緒に布団で過ごす時間がとても好きだった犬が、最後にもその時間を過ごせたこと、病院などでひとり怖い思いをさせずに自宅で見取れたことが、本当によかったなと思いました。
闘病で体力が無くなりやせ衰えることもなく、まるで電池が切れるように、このとき彼女の幕は下ろされました。

もう力の入らない体を拭いたり、ブラッシングしたり、目が開くと怖いからねと開くたびに閉じさせてみたり、体液なども出てしまうので拭き取ったり、体が固まらないうちに体を綺麗にしてあげました。
最後までごはんを食べていたこともあり、おなかもポンポンでしたよ。
7キロほどの体重のままで、ずっと抱いていると重くて足が痺れてくるほどです。

先に調べていた火葬場併設のペット霊園のは朝からの電話受付でしたので、とりあえず眠ろうと思っても、この日は結局一晩中ずっと泣いて泣いて、泣きつかれても眠れませんでした。

葬儀は遺族のためでもあるということ

他の動物たちとの合同火葬は遺骨は戻らず13,000円、一匹のみの個別火葬は遺骨が戻り23,000円、それに加え遺骨を自分達で拾う火葬は28,000円、事前に調べていた料金表です。

私は当時は合同火葬で良いと思っていました。遺骨を持って帰るよりも、はやく気持ちの整理をつけられたほうが良いと思ったからです。
実際に「ペットロスから立ち直れない」といった意見に対して、「遺骨を手放し気持ちの整理を」とアドバイスしているものも多く見かけたのもありました。

実際に当事者になると、だめでした。
家から連れ出しどこかに置いて帰ると想像しただけで、私には耐えられませんでした。
泣きながら一晩考え、やっぱり個別にして連れて帰りたいと考えを改めました。
朝に電話して、火葬時間が15時からでしたので、家族は一度仕事に向かい昼に戻るとのことでした。

私はそれまでの間に、体温は失われたのにまだ柔らかい毛並みを撫でてはまた泣き、遺影を探して写真フォルダをあさってはまた泣き、遺骨はどこに置こうか考え、さすがに人の仏壇とは一緒にできないだろうと、寝室においてある棚上部を片付けてスペースをつくったりしてはまた泣き、今回のことには一貫して驚くほど無関心な猫に話しかけてはまた泣き、もう私の水分と塩分がすべて無くなってしまうんじゃないかと思うほど泣いていました。

瞼もすごく腫れ、鼻も皮がめくれて酷い顔になり、その後4日間はもとに戻りませんでしたので、冷やしながら泣くとか、擦らないとかの芸当を思いついていればよかったです。

時間になり自宅を出発、車で20分ほどの火葬場に移動する間も、ずっと犬を寝かせた箱を膝に抱いていました。
到着して係員さんへ箱を手渡すときに軽くなった瞬間の感触が、いまでも印象に残っています。

現地では観音様の前に祭壇があり、そこへ安置して、お花もたくさん飾ってくれました。末期の水まで準備してくれて驚きました。

子犬の頃からずっと一緒だったぬいぐるみのひとつと、ずっと使っていた小さな毛布と、寒いのが苦手な犬だったので冬に着せていた暖かい服を一緒に置きました。
犬が我が家にやってきた頃から、家族が着ていたフリース上着を掛け布団の変わりにしました。これは着ていないときは犬が寝床にしていたからです。
あとは、いつものごはんと、おやつと、毎朝一緒に果物を食べていたのでみかんと、餡子が大好きだったのでキンツバを入れました。いやほんと、金鍔とか善哉とかものすごい好きだったんです。

お経を聞き、死に水を取り、花を飾り、火葬場へ送り、目の前でゴォォと唸る大きな機械とその熱を感じると、ああ本当にもう居ないんだな燃えてしまうんだなと実感しました。

それまでは、あんなこともあったな、さみしいな、おうちでよかったね、ありがとうねと泣いていることが多かったですが、このときはもう何も考えられず、名前を呼ぶだけでした。

目の前に手を伸ばして、中で燃えているのであろう機械を止め、犬を取り戻したいとも思いましたが、もちろんそんなことは出来ず、さっきまで犬が安置されていたところにある観音様を見て、また込上げては泣くだけでした。

90分後に遺骨を返す準備ができるとのことだったので、一度自宅に帰ることにしました。
遺骨を自分で拾わなくて良いのか最後にもう一度確認されましたが、それは辞めておきその後の葬儀はお任せしました。

最後はいつもの状態の姿だった犬に対し、私も最後の姿はいつもの姿で覚えて置きたかったからです。

不思議なことに、帰宅中の車内では往路よりも落ち着いていました。
泣きすぎて気が済み落ち着いたのもあるでしょうし、葬儀という儀式を体感することで、感情が納得してきていたのかもしれません。

葬儀は遺族のためでもあるという、どこかで聞くだか読むだかした言葉をふと思いだし、そうなんだろうなと思いました。

コンビニに寄り、午前中にネットプリント送信しておいた遺影用の写真を受け取り、生花を買いにホームセンターへ寄り帰宅。
遺骨を置くつもりの棚をもう一度整理し、花を飾り、また迎えに行きました。

現地では7キロから1キロほどに超ダイエットした我が家の愛犬が待っていました。
49日法要の案内や墓地などの案内と共に、今日の葬儀の様子と日付けや名前などを配置しているA4サイズのフレームをくれました。

遺体の写真は撮らないでいたのに、なんてことしてくれるのかと驚きましたが、まぁこれは好意なんだろうし素直にお礼をいって受け取ります。

最後のお別れ中に私が犬に縋って泣いているところがバッチリ写っていて人に見せられるものじゃないですが、数年後には直視できるようになっているのでしょう。

遺骨を連れて帰ると、落ち着いた気持ちで骨壷を撫でて、おかえりと言えました。
同世代のお婆ちゃん愛猫といつかまた一緒に並ぶ日まで、おそらく私はこの遺骨を手放すことはできないと思いますが、その時までここでちょっと待っていてもらおうと思います。

ペットロスについて振り返る

愛するペットを喪ったあとで、飼い主が悲しみから立ち直れず、心身ともに支障をきたしてしまうことがあります。
動物を飼ったことがなかったり、動物好きではないひとや、人と家畜との区別をきちんとつけられているひとには、理解し辛いことなのかもしれませんが、ペットを家族と同一に扱う感覚の人には、起こりやすいことだといいます。

かなしいさみしいきもちと抱えて、楽しかったことを繰り返し思い出しては、死んでしまったかなしみやさみしさを思い出してまた涙を流し繰り返す。
そんな状態からは、早く抜け出さないといけないのはわかってるのですが、この感情が薄れるには時間が過ぎるしかないようでした。

実際にいまこの記事を作っている間にも、幾度となく感情がぶれて込み上げて泣いてしまい、手が止まってしまいます。

しかし、気持ちに少し整理がつきだしている実感もあります。
これは、今際の際にも「あの時にああしてあげればよかった、この時はこうしてあげていれば違ったかもしれない」と後悔の念を持つことはなかったことと、その後の葬儀を体感することで「弔ってあげられた」と自分が納得したことが大きいのだと思います。

さすがに数日は何もする気が起きず、たまたま金曜日だったので翌日からの週末出勤予定は取り消して二日間寝室に篭りました。

その間は、過去の写真フォルダをみていたり、「犬の供養のために私に出来ること」を調べていました。
お仏壇の仕様が最初と少し変更したのも、この二日間にいろいろと見ているなかで購入したからです。
「何かしたい」気持ちがそう動いたのだと思いますが、仏具などを購入してかざってみることで私が納得する材料になるのなら良いかと思います。

ペット霊園も検討していたのですが、いまの気持ちとしてはやはりまだ手放すことができなさそうです。
動物と一緒に入れる永代供養の墓地がありましたので、それを購入するのも良いかもしれないと、後日に家族と共に説明会に行ってきます。

前々から、老後はこの家の墓地とお仏壇を整理して、ご先祖様は永代供養しようと家族と話をしていたこともあり、もちろん自分もその時には菩提寺に永代供養されるつもりでいましたが、取りやめました。
できることなら、そのときにはまた一緒に過ごしたいなと思うからです。

今月末から西国三十三所の観音様巡礼をしようとも決めました。
飼い主同様にとても可愛がってくれていた友人に連絡した際に、すぐにお線香やお供え物等を送ってくれ、さみしいと落ち込む私を気遣い、一緒に観音様巡りをしようと同行を決めてくれたからです。
ひとりだと尻込みするし、余計にさみしくなっていってしまうかもしれませんが、その友人が一緒に参ってくれているのなら、私もとても嬉しいし、彼女のことも大好きだった犬も喜びそうです。

私は真言宗ですがさほど熱心な信仰心もありませんし、他宗のこととなると尚更わかりません。
大日如来様やお不動様に動物供養を祈ってもよいのかもわかりませんでしたが、観音様にならいいんじゃないかと思ってのことです。

そこからは、気持ちが落ち着くまでの回復は早いです。
「何かしてあげたいけど、何をしてあげればよいのかわからない、これでよいのかわからない」状態から、目標ができると、それに沿うひとつづつに、何かしたい気持ちがすこしづつ満たされ、癒され整理されているのだと思います。
西国巡りの日程や場所工程をあれやこれやと調べていると、それで時間も気もまぎれているのもありです。

始めたばかりで放り出してしまったブログを、また再開しようと思ったのは、一週間になる初七日が過ぎてからでした。
いまこの記事を作っているのは10日目になりますが、あの夜からもう10日も経ってしまったのか、まだ10日しか経っていないのか、わからない感覚です。

あれから毎日お仏壇に話しかけ燈篭を灯し線香を焚き、朝夜にお水とご飯を供えていると、足元に犬が甘えてくるような感覚を思い出すこともありますが、それはそれとして冷静に受け止められるようになりました。

私はペットロスというよりも「ペットを喪った正当な悲しみ」なのだと思います。


月並みにはなりますが、やはり長年一緒に過ごした愛犬には、私のもとにきてくれてありがとう、たくさんの思い出と、一緒に過ごしてくれてありがとうと伝えたいです。